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COLUMN

コラム

#38
デジタル主権と安全保障
谷脇康彦(デジタル政策フォーラム代表幹事) | 2026/07/30

 2025年11月、ベルリンにおいてEUデジタル主権サミットが開催され、欧州加盟各国の首脳が一堂に会した。議論のテーマとなったのは、デジタル主権(digital sovereignty)。この言葉に確定した定義はないが、一般に、「開放性や相互接続性を維持しながら、デジタル分野における重要な選択を自ら行い、自国の法、価値、利益に沿って技術、データ、インフラを統治・利用できる能力」という意味で使われることが多い。このサミットにおける宣言[1]では、「データ主権はデジタル主権の中核的概念」、「欧州の技術的独立性の確保が重要」、「欧州共通の資産(AI、データ、クラウド、宇宙インフラ)の創出」など、デジタル主権に関する14項目が合意された。日本においても、こうしたデジタル主権を巡る議論の萌芽は見られるものの、本格的な議論が展開されるには至っていない。本稿ではデジタル主権について、技術主権、データ主権、インフラ主権という3つの切り口から考えてみたい。

デュアルユース技術と技術主権

 近年、国家安全保障の対象は、経済や技術など非軍事的とされてきた領域まで拡大し、軍事と非軍事の境目が曖昧なハイブリッド戦争の色合いを濃くしている。そもそもインターネットの開発がアメリカ国防総省の高等研究プロジェクト機関(DARPA)のプロジェクトとして始まったことからもわかるように、デジタル技術は軍事・非軍事の両用に使われるデュアルユースという特性を持っている。

 デュアルユース技術の開発については、日本国内においても「技術の平和利用」の観点から様々な議論が行われてきたが、第7期「科学技術・イノベーション基本計画」(2026年3月閣議決定)[2]では、「最先端の科学技術は加速度的に進展し、民生用の技術と安全保障用の技術の区別は実際には極めて困難となっている」としつつ、「民生用にも安全保障用にも利用される可能性があるデュアルユース技術への投資は、それぞれの分野においてのみならず、技術力を相互に高め合いながら、科学技術の発展、ひいては、産業競争力を強化し、長期的な経済成長にも資するものである」と積極的に評価した上で、今後の方向性として、「産学官が連携して、我が国の科学技術基盤を支える先端技術として、デュアルユース技術の研究開発及び社会実装に取り組む」としている。

 デュアルユース技術であるということは、民生用と安全保障(軍事)用の技術利用のあり方が同じということではない。民生用技術の場合は利用者保護を一義的に考えた安全規制が求められるのに対し、安全保障用技術の場合は自衛権行使の一環として、国際人道法を含む国連憲章の枠組み(ルール)に従う必要がある。同じ技術であっても利用形態の前提条件が異なる。経済安全保障を重視する観点からは、こうした民生用技術の利用面と安全保障用技術の利用面の区別はあくまでも厳格でなければならない。

 デュアルユース技術の開発を推進する場合、産業政策と安全保障政策のバランスがどう変わるのか、とりわけ技術開発における官民の役割分担の変化に注目する必要がある。従来のデュアルユース技術の開発は、冒頭で触れたインターネット技術の開発のように、技術開発の成果が「官→民へのスピンオフ」の経路(インターネットは1992年に民間開放)を辿り、結果として世界経済に多大なインパクトを与えたが、近年はデジタル技術、とりわけAIの開発に代表されるように「民→官へのスピンオン」の事例が増加している。すなわち、デュアルユース技術の開発に際しては産業政策を再デザインし、「民から官へのスピンオン」という経路に注目しつつ、民間の技術開発インセンティブを高め、同時に民間の技術開発の結果を国家安全保障強化のためのニーズに適合させていく仕組みが重要となる[3]

 同様の問題意識は欧州でもみられる。「欧州技術主権パッケージ」(2026年6月)[4]の基本的な問題意識は、圧倒的優位に立つ米国デジタル技術に欧州市場が席巻されることで技術主権が確保できず、その結果、欧州の安全保障体制が弱体化することへの懸念がある。しかも、米国政府は同盟国とさえ最高水準の軍事装備の共有を拒んでいる[5]。このため、欧州半導体法(Chips Act) 2.0の整備、域内のAI・クラウド開発の支援のための法整備、オープンソース戦略の推進など、欧州の技術主権を確保するための施策を1つのパッケージにして打ち出している。日本においても、デュアルユース技術を含む技術開発の上流から下流に至る、網羅的・俯瞰的な技術主権確保のための国家戦略を具体化していく必要がある。

データ主権

 データ主権を巡る議論は技術主権のあり方と密接に関連している。2025年の日本のデジタル赤字は約6.6兆円[6]に達する。これまでも地方自治体等の公共部門がクラウドサービスを利用して個人情報等の機微情報を取り扱う場合、データが国内に所在しているというだけでなく、クラウドサービスの提供主体に対して日本のデジタル主権に沿ったセーフガード措置が有効かどうか[7]というソブリンクラウドの必要性を巡る議論が行われてきたが、ソブリンクラウドに関し、明確かつ具体的な政策決定が行われるには至っていない。

 しかし、2026年6月のアンソロピック社クロードミュトスを巡る一連の動きは、データ主権のあり方に対する深刻な問題提起となった。すなわち、米国政府はクロードミュトスに係る輸出管理指令(export control directive)を発出し、米国内外の外国籍者によるミュトスへのアクセスを即時停止するようアンソロピック社に命令した。これに対し同社は外国籍者だけを正確に制限することは困難であると判断し、ミュトスの提供を全面的に停止した(同月後半に提供を再開)。

 米国AIに全面的に依存している状況において、米国連邦政府の突然の行動によって当該AIへのアクセスが禁止されると社会的・経済的な混乱・被害は甚大なものとなる。民間企業が提供するサービスが米国連邦政府の命令によって停止中断される可能性とそのインパクトの大きさをこの事案は明らかにした。このように、データ主権を確保するためにはソブリンAIが不可欠の存在となる。その意味で、日本にとって日米安全保障を基軸とする枠組みは今後とも最重要であるが、これに100%依拠することの危険性もまた十分に認識しておく必要がある。

インフラ主権

 インフラ主権については、これまで自国領土内にネットワークを含むインフラ基盤が設置されるのが一般的であり、海底ケーブルを巡る安全保障などの議論を除き、大きな議論はこれまでなかった。しかし、こうしたインフラ基盤の範囲はネットワークにとどまらなくなってきており、例えばLLMを稼働させるGPU資源はネットワークと一体となって機能するインフラ基盤であると認識されてきている。

 こうした中、他国のGPU資源をネットワーク経由で利用することをどこまで許容するかという議論が出てきた[8]。現在、米国は中国に対する最先端GPUの輸出を禁止している。しかし、中国が第三国経由で米国の最先端GPUにネットワークを介してアクセスすることができれば、最先端GPUの輸出禁止は実効性を失ってしまう。そこで、米国連邦議会で議論が進められている「リモートアクセスセキュリティ法案」(法案は下院を通過した状況)は物理的な戦略物資の輸出を取り締まるだけでなく、自国内の戦略物資(インフラ)へのアクセスを禁止するという条項を米国輸出管理改革法ECRA(Export Control Restriction Act)に盛り込むことを提案している。

 また、アンソロピック社は2026年6月に連邦上院銀行委員会へ送付した書簡の中で、アリババグループが2万5千の不正アカウントを用いてクロードと2,880万回対話を行い、敵対的な蒸留攻撃(distillation attack) [9]を行ったという事実を明らかにした。これもLLMというインフラを遠隔から窃取しようとする試みと言える。

 このように、デジタル技術の進化に伴ってネットワーク基盤だけでなく、より上位までインフラ概念が拡張されるステージでは、AI基盤をネットワーク経由で窃用させない等の観点も、インフラ主権を確保する観点からみて重要な課題となっている。

不安定化する抑止戦略

 以上、デジタル主権と安全保障を巡る議論を概観してきた。デジタル主権を巡る議論は、非常に多岐にわたる領域の専門家が参画し、議論していく必要がある。決して特定の領域をピンポイントで取り上げるのではなく、総合的でかつ俯瞰的な国家戦略として具体化していくべき課題である。

 その際、国家間の対立を徒にエスカレーションさせないための抑止戦略(deterrence policy)を継続的に検証していくことが重要になる。デジタル技術、とりわけAIの優劣はもはや一国の安全保障の強度水準を大きく左右するものになってきている一方、AIの機能水準の高度化のスピードは速い。そうした中、従来の抑制戦略における力の均衡が崩れ、一気に不安定化するような事態も否定できない。現状において覇権主義国家が勢いをもつ国際情勢が続く中、デジタル主権を確保するための国際的なコンセンサスの醸成が一筋縄ではいかない。しかし、自国の防衛力の強化と同盟国の連携による抑止を通じて、デジタル主権の確保と安全保障の強化を図っていくことは、国として最重要の政策課題の一つである。


[1] EU ”Declaration for European Digital Sovereignty”(November 2025)
https://assets.innovazione.gov.it/1763560898-declaration_on_digital_sovereignty.pdf

[2] https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index7.html

[3] スピンオフとスピンオフは相互に連携することでその効果を高めることができる。この点について、防衛省「防衛技術指針2023」(2023 年6月)は「スピンオンとスピンオフの相互利用により、我が国の技術力の自律性、優位性及び不可欠性を確保、向上させ、総合的な国力の強化にも寄与しながら、防衛力の抜本的強化を実現していく必要がある」と指摘している。
https://www.mod.go.jp/atla/guideline2023/assets/pdf/technology_guideline2023_ja.pdf?utm_source=chatgpt.com

[4] European Commission “Commission proposes tech sovereignty package to strengthen Europe’s digital autonomy and resilience” (June 2026)
https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/news/commission-proposes-tech-sovereignty-package-strengthen-europes-digital-autonomy-and-resilience

[5] 日本経済新聞「AIで覇権振るい始めた米国」(The Economist)(2026年6月23日)は、「高性能のステルス戦闘機“F22”は自国専用にとどめ、同盟国には”F35”を提供する」米国政府の事例を取り上げている。

[6] 総務省「令和8年情報通信白書」
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin02_02000184.html

[7] 例えば米国クラウド法(CLOUD Act: Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act)において、米国の管轄に服するクラウド事業者は、捜査令状に基づいて当該事業者が保有するデータの提出を求められた場合、データが国内外のいずれにあるかにかかわらず、捜査当局に提出することが求められる。

[8] 「中国kimiショック、米国がいらだつGPUの遠隔利用と蒸留」(2026年7月27日、日経デジタルガバナンス)

[9] 蒸留攻撃は、標的とするLLMに対して質問・回答のペアを大量に収集し、このデータを用いて自らの言語モデルのチューニングを行い、標的LLMを低コストで模倣しようとする攻撃。これはモデルの軽量化等を目的として自社の教師モデルから軽量な生徒モデルを訓練する「知識蒸留(knowledge distillation)」という手法を悪用したもの。