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ジャーナリズムはslopに駆逐されるのか?

AIガバナンスを巡る論点2025 ⑦
平 和博
桜美林大学 教授

AI(人工知能)が驚くべきスピードで進化している。人間の知をはるかに超えるAGI(汎用人工知能)、ASI(人工超知能)の実現も近いという見方もある。AIは、人間にとって便利な道具であり続けるのか、はたまた、人間を支配する脅威となるのか――。デジタル政策フォーラムのメンバーおよび関係者にその問題意識を聞くシリーズ第7回は、平 和博 桜美林大学 教授(リベラルアーツ学群メディア・ジャーナリズムプログラム)に生成AIはジャーナリズムをどう変えるのかについて聞いた。(聞き手は、菊池尚人 デジタル政策フォーラム 代表幹事代理/慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授、以下敬称略)

平 和博先生平 和博 桜美林大学 教授

生成AIによるジャーナリズムの民主化は歓迎

菊池 生成 AI の急速な進化・普及によって、ジャーナリズムはどのような影響を受けていますか。

 生成AIによる「効率化」「低コスト化」「民主化」という大波が、ジャーナリズムを直撃しています。情報の収集から確認、編集、発信まで、これまで人が時間と労力をかけてやってきた作業が、定型的なニュースであれば、今はもうワン・プロンプトで回ってしまいます。

通常のニュースだけでなく、データジャーナリズムのようなテクノロジーを駆使した調査報道についても同様です。従来は情報分析の専門知識を持った記者、プログラマー、デザイナーらがチームを組んで行う、ややハードルが高いものでした。でも今は、情報公開で手に入れた資料をAIに読み込ませ、「この中で不自然な点を教えて」「注目すべきポイントは?」と聞くだけで、一定の示唆が得られる。専門知識がなくても直感的に取り組める環境が整いつつあります。その結果、ジャーナリズムの敷居が下がり、誰でもニュースの発信者になれる。偽情報・誤情報の氾濫が加速されるといった課題も抱えてはいますが、ジャーナリズムの「民主化」が進むこと自体は歓迎すべきだと思います。

一方、情報の価値とコストの関係がより鮮明になってきました。「情報は無料になりたがる」というのはスティーブ・ジョブズも愛読していた『ホールアース・カタログ』のスチュアート・ブランド編集長の言葉ですが、オンラインでたやすく取得できる情報、AIで簡単に加工できる情報が増え、コモディティ化が加速しています。ただブランドはあわせて、「価値ある情報は高価になりたがる」とも述べています。相対的に、現場に行かなければ取れない情報、オフラインにしか存在しない情報の価値が高まっています。いわば「足で稼ぐジャーナリズム」の価値に対する再評価です。また、情報の質を担保し、ユーザーにとって意味のあるカタチで届ける「編集機能」の重要性も高まっていると思います。

データジャーナリズムに威力を発揮

菊池 ジャーナリズムの実務に、AIはどのように浸透しているのでしょうか。

 OCR(光学文字認識)による資料のテキスト化・要約、取材音声や会議録の文字起こし・要約、大量のデータの分類・分析、スポーツ・企業決算・地震速報など定型的な記事の自動生成、さらには原稿の自動校正、SEO(検索エンジン最適化)タグやSNS投稿文の生成、メールマガジンの作成などに幅広く利用され、主に労働集約的なバックエンド作業が大幅に効率化されています。

また、先ほどのデータジャーナリズムへの生成AIの応用も確実に進んでいます。データジャーナリズムとは、大量のデータの分析から、見えなかったファクトやストーリーを見つけ出す手法であり、その源流を含めると半世紀以上前から試行錯誤が重ねられてきました。コンピューターの計算資源、専門知識を持ったエンジニアの助けも必要だったのですが、生成AIを活用することで資源やさほどの知識がなくてもアプローチできるようになりました。データを投入し、上手にプロンプトを書けば、ある程度の成果を短時間で得られます。

調査報道の金字塔の一つがベトナム戦争をめぐる米国防総省の機密文書(ペンタゴン文書)に関わる報道ですが、告発者のダニエル・エルズバーグは7000ページあまりの文書を一枚一枚コピーして1971年にニューヨーク・タイムズ紙に持ち込みました。約半世紀後、租税回避行為を記した内部文書(パナマ文書)に関する調査報道では、2.6テラバイトもの容量のデータとして持ち込まれ、クラウドコンピューターの並列処理にかけてデータベース化した上で分析しています。

最近では、AIを活用した報道がピュリツァー賞(ジャーナリズム部門)を受賞しています。2024年にはイスラエルによるガザへの大型爆弾攻撃を衛星写真のパターン認識によって特定したもの、2025年にはイーロン・マスクの150万語におよぶX投稿からその思考と行動の変遷を分析したものなどがあります。今後、必ずしも高度な専門知識を持たないジャーナリストやグループが生成AIを使って新たな挑戦を重ねていくでしょう。

ただし、「生成AIによってすべての記事を作成する」という段階にまでは至っていません。生成AIによって作成されるニュースコンテンツの「正確性」が担保できないためです。欧州放送連合(EBU)と英BBCが主導した調査(News Integrity in AI Assistants、2025年10月22日)では、主要な生成AI(ChatGPT、Copilot、Gemini、Perplexity)に対し時事的話題について質問し回答を分析したところ、内容が誤っている、出典が明記されていないなど45%に非常に重大な問題があったというのです。正確性はジャーナリズムの根幹であり、そこに対する懸念が解消されない限り、全面的な適用は難しいでしょう。

「公共圏」の土台がゼロクリックで崩壊?

菊池 生成AIの登場でジャーナリズムの手法が少しずつ変わりつつある一方で、変わることのないジャーナリズムの根幹とは何でしょうか。

 価値ある情報、信頼できる多様な情報を提供し続けることです。言い換えれば、立場が異なる様々な人たちが、意見を自由に交わすことができる場、すなわち「公共圏」の土台を支えることです。メディアには報道の倫理基準、トレーニングに裏打ちされた取材・編集のスキルや情報取り扱いのノウハウがあります。そんなメディアだからこそ担える役割であり、これらは生成AI時代でも揺らぐことのないジャーナリズムの基盤だと思います。

問題は、経済的に持続可能かどうかということです。多くの人々がネットやソーシャルメディアに溢れる無料のニュースで満足しています。サブスクの料金を支払ってまで報道機関のペイウォールの奥にある元記事を読みにいくという行動へのハードルは、依然として高いと言わざるを得ません。

さらに、AIに聞けば欲しい情報をピンポイントで整理・要約して返してくれるので、それ以上いろいろなサイトをクリックして回らずに完結してしまう、いわゆる「ゼロクリック」という現象が広がっています。報道機関のビジネス環境は厳しさを増しています。

菊池 メディアとプラットフォームはフレネミー(友を装う敵)の関係にありました。AIで状況は変わるのでしょうか。

 そもそも、メディアとプラットフォームの対立ポイントは、メディア側の主張としては、プラットフォームがニュースコンテンツに対して適切な対価を支払っていないという「ただ乗り論」でした。一方のプラットフォーム側はメディアのウェブサイトに「送客」していると主張。相互依存関係にある両者ですが、その言い分は平行線のまま交わることがありませんでした。

この「ただ乗り論」はAI時代にもそのまま持ち越されています。「ゼロクリック」が進めば、メディアのウェブサイトへの「送客」さえ無くなって単に「ただ乗り」されるだけになってしまうので、いよいよ看過できなくなっているのです。

ニューヨーク・タイムズやシカゴ・トリビューンがOpenAIやPerplexityを著作権侵害で提訴したり、日本の読売新聞社、朝日新聞社、日本経済新聞社がPerplexityを提訴したりといった最近の動きは、そうした危機感に根差しています。公正取引委員会が、生成AIを使った検索サービスにニュース記事を無断使用することは独占禁止法違反の可能性もあるとして実態調査を始める方針との報道もあります。

その一方で、大手メディアとプラットフォーム事業者、生成AI開発企業との業務提携も進みつつあります。生成AI時代のフレネミー関係はまだら模様で、非常に流動的な様相を見せています。

著作権保護の強化、対価支払いの義務化も

菊池 健全なジャーナリズムを維持・確保するために、各国政府や国際社会が何らかの介入をすることが必要になるのでしょうか。

 民主主義社会の機能としての公共圏を維持するためには、信頼と価値のある情報を担保する健全なジャーナリズム、健全なメディア空間が必要です。一定程度、政府の役割もあり得ると考えています。

EU(欧州連合)は2019年に発効したデジタル著作権指令(デジタル単一市場における著作権に関する指令、略称: DSM著作権指令)で、メディアに対してニュースコンテンツ使用対価の支払いに関するプラットフォーム事業者との交渉権を認めています。さらにオーストラリアやカナダでは、グーグル、メタを対象に、ニュースコンテンツ使用対価の事実上の支払い義務を課しています。

日本でも動きがあります。日本新聞協会、日本書籍出版協会、日本雑誌協会、日本写真著作権協会が2023年8月、「生成AIに関する共同声明」を発表しました。生成AIに学習させるデータの著作権保護についての検討、具体的には著作権法の30条の4の改正を含めた著作物保護策を求める内容となっています。新聞協会はその後も、著作物保護強化を求める意見や声明を出しています。

(「生成AIに関する共同声明」からの引用)
現在の生成AIは、AIに学習させる大量の著作物データなしには機能しません。多くの場合、これらのデータはネット上のクローリングにより著作権者の同意取得や対価の支払いなしに収集され、その解析結果に基づきコンテンツが生成されています。日本の著作権法第30条の4が諸外国に比べ、AI学習に極めて有利に作られていることは大きな課題です。同条のただし書きでは「著作権者の利益を不当に害する」場合は学習利用できないとされていますが、その解釈は明確ではなく、また海賊版の学習利用も禁止されていません。権利侵害コンテンツが大量に流通する恐れがあるにもかかわらず、著作権者に対する実効的な救済策は何ら示されていません。
(参考)
著作権法第30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

公正取引委員会は2023年9月に、Yahoo!ニュースについて「ニュースメディア事業者との関係で優越的地位にある可能性がある」と指摘しています。さらにすでに紹介したように、2025年12月には、生成AIを使った検索サービスでの報道機関の記事の無許可使用に関する調査に乗り出すことが報じられました。メディア側の自助努力やプラットフォーム側の自主対応では乗り越えられない課題に、さらに踏み込んだ整理が行われるのかもしれません。

ちなみに、新聞社やメディア企業を支えるための公的な財政支援というアイデアもあります。ただ、権力からの独立性や非党派性を損なわないものであることが必要です。さらに、メディアに対するトラスト(信頼)が低下傾向にある中で、世論の合意が得られるのか、という問題もあります。

「スロップ」まみれの社会にしないための議論を

多くの人々が、ニュースはYahoo!が無料で提供しているもの、くらいにしか考えていません。ニュースはお金を払って読むものという意識は希薄化しています。メディアがどのようにしてニュースを作り出しているのかはおろか、信頼できるニュース、それを土台にした公共圏というものが社会にとってどれほど大切かということも理解されなくなっています。並大抵のことではありませんが、この共通基盤を再構築していくことが最も大切なのではないかと思っています。

このままでは、情報空間のどこを見回してもslop(スロップ、主にAIによって大量生成された低品質なデジタルコンテンツ)で溢れかえってしまうかもしれません。メディアも効率化と称してそれに乗っかってしまう一方、ユーザーは「ニュースはAI生成で十分」と言い放つ社会、そして生成AIで加速する偽情報・誤情報が蔓延する社会。それは極めて脆弱な社会だし、そのかなりの部分はすでに目の前にある現実です。そうではない未来を目指すには、AI時代のレジリエント(強靭)な民主主義社会をどのように設計すべきか、その土台となる社会機能としてのジャーナリズムをどう持続させ、ニュースや情報の信頼をどう担保していくべきかという根本的な議論が不可欠だと思います。

菊池 流れを変えなければいけないと痛感しました。ありがとうございます。


Interviewee

平 和博 / Kazuhiro Taira

ジャーナリスト、桜美林大学 教授(リベラルアーツ学群メディア・ジャーナリズムプログラム)

早稲田大学卒業後、1986年、朝日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部、社会部、シリコンバレー(サンノゼ)駐在、科学グループデスク、編集委員、IT専門記者(デジタルウオッチャー)などを担当。2019年4月から現職。2020年4月~2021年3月、国立国会図書館客員調査員。2022年9月から日本ファクトチェックセンター(JFC)運営委員。2023年5月から科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)プログラムアドバイザー。