空気のように、感じるままに―15歳AIネイティブの視界
sola
15歳のAIプロデューサー
AIガバナンスを巡る論点2025 #21
<特集> AI×クリエイター
生成AIの登場と進化は、映像クリエイティブにどのような影響を及ぼすのか――。15歳のAIプロデューサーsolaさんに聞いた。(聞き手は、菊池尚人 デジタル政策フォーラム 代表幹事代理/慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授)
15歳のAIプロデューサー solaさん大人たちは、AIを前にして忙しい。「使わなければ置いていかれる」「仕事が奪われる」「とにかく急げ」と、どこか焦りと不安を滲ませながら、AIを“事件”として扱う。
その隣で、15歳の少年は、驚くほど静かで穏やかだ。
solaくん。2010年生まれ、徳島県海陽町と東京の2拠点で生活する中学生。生成AIを使った映像や音楽作品を次々と発表し、企業案件や万博関連の制作にも関わる。プロフィールだけ見れば「凄い少年」だが、実際に話してみると、その印象は少し違う。
AIについて熱弁するわけでもない。未来を予測するわけでもない。
「面白そうだったから触ってみた」「表現の幅が広がるから使っている」
語られる言葉は、拍子抜けするほど淡々としている。
彼にとってAIは、脅威でも革命でもない。生活の中にいつの間にか置かれていた、ひとつの道具にすぎない。
作品制作の話を聞いても同じだ。
「耳鼻咽喉科のうた」――。おとなの完成では、にわかに意味が分からない(笑)。だが、なぜか引き込まれるものがある。本人はいたって平然。そこに「AIだからできた」という気負いはない。やりたかったからやった。思いついたから形にした。ただそれだけだ。
制作時間が短いことも、あっさりしたもの。
「一人で、わりと簡単にできちゃう」
大人が「効率化」「生産性」と言葉を重ねるところを、彼はさらっと通り過ぎる。AIは目的ではなく、衝動に追いつくための近道にすぎないのだ。
「ワーク」「スタディ」「ライフ」をどう分けているかという問いには、「区切っていない。考えていない。ただ、やりたいことをやっている」。AIネイティブというラベリングは大人の勝手。Solaさん自身は、自分を何者かに定義しようとしない。AIが来ても生活は変わらなかった、と言い切るその感覚に、大人はじれったさを感じるほどだ。
未来は?
「十年後? わからないですね」「好きなことやって、遊んでてほしい」
社会がどう変わるか、仕事はどうなるか。そうした問いに、彼は無理に答えようとしない。考えないことを、怠惰とも楽観とも捉えない。まだ確定させる必要がないだけだ。
大人はAIを「どう使うか」を問う。solaくんは、「どう生きているか」の延長線上にAIを置いている。
だから騒がない。
だから急がない。
だから、自然体。
AI時代の感性は、必ずしも最先端の技術論の中にあるわけではない。
むしろ、AIを特別扱いしないこの少年の距離感の中にこそ、未来の輪郭が見えてくる。
大人が「AIだ、たいへんだ」と声を上げている間に、彼らはもう、次の遊びを始めているのかもしれない。
sola / ソラ
15歳のAIプロデューサー
