現場の現場による現場のためのAI導入
日本テレビ放送網
篠田 貴之
海外戦略センター 兼 創造テクノロジー部 部次長
AIガバナンスを巡る論点2025 #20
<特集> AI×クリエイター
生成AIの登場と進化は、映像クリエイティブにどのような影響を及ぼすのか――。日本テレビで現場のAI活用を推進する篠田 貴之 コンテンツ戦略本部海外戦略センター 兼 技術統括局創造テクノロジー部 エンジニア 技術戦略顧問に聞いた。(聞き手は、菊池尚人 デジタル政策フォーラム 代表幹事代理/慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授)
日本テレビ放送網の篠田貴之さん◾小さな取り組みを少しずつ積み重ね・・・
日本テレビの制作現場では、2016年から少しずつAIの活用が始まり、AIを用いた映像や音声のコンテンツ解析をリアルタイムに行えるシステム「AiDi(エイディ)」は数百件の社内活用にとどまらず、国内外、業界外でも導入が広がっています。(本稿末尾の「日本テレビにおけるAI開発・活用の経緯(サマリー)」を参照)。
なぜ、日本テレビにおけるAI利活用が順調に進んできたのかと聞かれることがありますが、それに対する私の答えは「現場主導」の一言に尽きます。
私は、学生の頃から映像や音楽などコンテンツをつくることが大好きで、入社してからはテクニカルディレクターとして機材オペレーションやCG制作などを含めてコンテンツ制作に広くかかわってきました。ただ、テレビ局の現場というのは安全第一主義です。放送で事故を起こすリスクを嫌うあまり、実は新しいテクノロジーを導入することに対しては慎重になる傾向があります。新しいことを試してみることが好きな私にとって、それは葛藤でした。
そこで、小さな取り組みを少しずつ積み重ねていくことにしたのです。自分でコードを書き、現場で試して、使ってもらってということの繰り返しです。最初は半分個人的な趣味のようなものでしたが、現場のペインポイント(課題、苦労)は身をもって知っていますから自然と受け入れられ、番組でも使ってもらえるようになっていきました。
現場の、現場による、現場のためのAI導入だったことが、その拡大サイクルを回すための最も大きな原動力だったと思います。
そして、少しずつ効果が見えるようになり、理解者が増えていくにつれ、要所要所で会社による支援が加わりました。人員を増やしてもらったり、グループのIT会社に繋げてくれたり、新しい部署を立ち上げてくれたり・・・。ボトムアップというほどの“闘い”があったわけではなく、トップダウン的な“押し”があったわけでもなく、悲壮な危機感に背中を押されたわけでもありませんでした。
そういう意味で当社の導入ケースは特殊なのかもしれません。しかし、「AiDi」が国内そして海外の現場から多くの引き合いをいただけているのは、やはり、現場で生まれ、現場に鍛えられたソリューションだからなのだと思います。
◾次の重要テーマは「暗黙知の取り扱い方」と「人の役割再定義」
今、個人的に気になっていることが二つあります。
一つ目は、組織における暗黙知の取り扱いです。AIの進展により、これまで「暗黙知」とされてきた曖昧で属人的な知見を、構造化・具体化・視覚化することが可能となり、これは技術の継承や業務の効率化・高度化を促進するものであり、社会全体で加速している流れだと言えます。
しかし一方で、暗黙知を過度に形式知化し、一か所に集約していくことは、新たなリスクも伴います。集中管理は活用の面では有効ですが、取り扱いを誤れば、組織の中核となるノウハウを不用意に流出させる危険性があります。また、形式化された知見に依存し過ぎることで、コンテンツ制作の多様性や創造性に偏りを生じさせる可能性も否定できません。だからこそ、暗黙知を「どこまで可視化するのか」「どのように管理・共有するのか」という視点を持ち、その取り扱いに対する意識を高めていくことが不可欠だと考えます。
もう一つは、AI時代における人の役割を再定義する必要があるということです。言い換えれば、人間とAIの責任分界点をどこに引くか。「AiDi」の主な狙いは、番組制作のベースを支えるAD(アシスタント・ディレクター)の仕事のうち時間と労力がかかる作業をAIに任せることによって、番組の質や制作の量を向上させることです。それは、決してADをAIで代替することを意味していません。ましてや、ディレクター、チーフディレクター、エグゼクティブディレクターといった役割をAIに担わせることも想定していません。番組の方針を決める中核部分までAIに渡してしまうと、社会の健全性が損なわれかねないと私は懸念しています。
人間から番組制作の能力を奪うだけでなく、もし悪意が埋め込まれたAIモデルが作られ、それに依存するようなことになると、操作された価値観や利害関係を反映したニュースやコンテンツがまき散らされることになりかねないからです。どこまでがAIで、どこからは人が担うという線引きについて、もう考え始める時が来ているのではないかと感じています。
(談)
【社外と連携した開発】
- 2016年頃から、バラエティ番組、スポーツ番組、報道番組などでの試行と導入を繰り返す
【社内・グループ主体の開発】
- 2019年頃から現場主導のAI開発が始まる
- インターネット接続不要、PCのみ(オンデバイス)で稼働する「超小型PC駆動AI」の開発に始まり、その発展形である直感的オンデバイスAIソリューション「AiDi(エイディ)」の開発に至る
- 社内活用にとどまらず、国内外のメディア、団体、企業への外販も行っている。直近では、米NBC Sportsが採用を決定した
【中期経営計画でAI活用を大きな柱に】
- 「企画開発における AI の活用、テクノロジーの積極的導入」を掲げる
- AI の活用によるコンテンツ開発・制作モデルを確立し、ヒットコンテンツ の量産、テクノロジーによるテレビ広告ビジネスの変革を目指す
篠田 貴之 / Takayuki Shinoda
日本テレビ放送網 コンテンツ戦略本部海外戦略センター 兼 技術統括局創造テクノロジー部 エンジニア 技術戦略顧問


