コラム

#23 重要性を増すデジタルガバナンス 〜WEFグローバルリスク報告書2024〜
谷脇康彦(デジタル政策フォーラム顧問)

2024年1月27日

 デジタル技術が社会経済システムに深く実装されていく過程において、デジタル技術の制御可能性を確保していくことが極めて重要になってきている。こうした中、2024年1月に世界経済フォーラム(WEF)が公表した「グローバルリスクレポート2024」は、世界が抱えている多様なリスクの中でデジタル技術関連の項目が重要度を増していることを明らかにした。本稿では、デジタルガバナンス(デジタル技術の制御可能性)というテーマがデジタル政策における最重要のテーマの一つであることを明らかにしたい。

 まず議論の前提となるデータ駆動社会(Data Driven Society)の分析の枠組み[1]について改めて整理してみたい。データの生成・収集・蓄積・解析を通じて社会課題の解決を図るデータ駆動社会において、無形資産であるデータの価値が極めて大きな意味を持つ。活力あるデータ駆動社会を実現していくためには、データ量の増加、データの質の向上、データの流通速度の向上の3つの要素が重要になる。

 このうち、データ量の増加にはデータ収集ポイントの拡大、データセットの企業・業態の枠を越えた連携などが求められる。次にデータの質の観点からは、サイバー空間において信頼できる形でデータを送受信できる仕組み(トラストサービス)の実現や偽情報対策が重要となる。さらに、データの流通速度を向上させるためには、データ流通市場の整備やデータ連携のための国際ルールの確立など、データ所有者によるデータ主権(data sovereignty)の確立が求められる。

 さて、データ駆動社会の構築によって社会課題の解決を図ることにより、社会経済システムは3つの機能強化—個別化・自動化・最適化—が図られる。

 第一に個別化(individualization)。デジタル技術が進む中、デジタル技術を実装したモノの価値の減耗が従来以上に早く進み、モノを販売することによって得られる対価だけではモノを製造するための投資コストを回収できなくなる。そこで、企業と顧客が継続的に接触してモノの利用データを取得し、利用者のモノ利用におけるニーズ等に沿ったサービス提供によって付加価値を生み出す”Service Dominant Logic”(サービス中心主義)に移行する。その結果、モノを「所有する」から「利用する」に変化した”X as a Service”型の個別化サービスが主流になる。

 例えば、検索サービスが個人の検索利益などで最適化(個別化)されているのはよく知られているが、加えて、医療分野において個人の過去の病歴や症状、体格などに応じて投薬量などを個別に調整する個別化医療、個人の運転履歴データに応じで保険料が変動する損害保険など、すでに個別化されたサービスは市場に存在しており、今後こうした傾向がさらに強まるものと見込まれ、”one-size-fits-all”から脱却したきめ細かいサービスの提供が実現する。

 第二に自動化(automation)。AI技術の進化によって車やドローンの自動運転に代表される自動化が今後急速に普及することが見込まれる。加えて、ブロックチェーン技術を活用した暗号資産であるイーサリウムが既に実装しているように、人の手を介することなく契約内容を自動で実行するスマートコントラクトの仕組みが、デジタル通貨の普及とともに一般化する。

 今後急速な人口減少が見込まれる日本において、こうした取引の自動化はロボティックスの導入とともに労働力不足を補うことに貢献する。また、異なるデータセット間の相関関係の把握などデータ解析の自動化が進むとともに、異なるデータ様式のデータ連携もAIを介して可能になる。例えば、従来はデータの記載様式が異なるためデータ連携が難しかった医療カルテ情報も、記載項目や内容をAIで判断し、記載様式の標準化という長年打ち破れなかった課題を超えたデータ連携が実現する可能性がある。

 第三に最適化。IoT技術の発達や通信ネットワークの技術的な進化を通じ、これまでデータの把握が困難であった領域でのデータ収集や構造化されていなかった知識(ノウハウ)の構造化などが可能になる。

 例えば、センサーなどのIoT機器を活用して道路や橋の損傷箇所を迅速に把握し、より精度の高いデータ解析を行うことで損傷箇所の損傷度を比較検討して修繕すべき箇所の優先度を割り出して保守活動の最適化を図ることが可能になる。また、高齢化する農業従事者の知恵をIoT機器を通じてデータ化し、労働力不足の中、熟練労働者以外の労働力も活用しつつ生産性や付加価値率の高い農業を実現することが可能になる。このように、取得不能であったデータの新たな取得、測定機器の精度向上によるデータ粒度の向上などを通じ、従来はデータ不足から部分最適にとどまっていたものが十分なデータ解析を元に最適化を実現し、生産性の向上などに貢献する。

 こうした社会経済システムの機能強化—個別化・自動化・最適化—が図られる中、デジタル技術の制御可能性の良し悪しは社会全体のガバナンスやパフォーマンスに大きな影響を及ぼすため、デジタル技術の制御可能性を確保するためのルール、つまりデジタルガバナンスの確保が各国にとっての重要なテーマとなる(図1参照)。

 さて、デジタルガバナンスはデータガバナンス、AIガバナンス、セキュリティガバナンスの3つの要素に分解可能だ。その背景としてWEFが2024年1月に公表した「グローバルリスクレポート2024」[2]の調査結果(図2)を見てみたい。

 報告書では世界が直面しているグローバルリスクの上位5項目の中で、デジタル技術関連の項目として、「AIが生成する偽情報・誤情報」(第2位、53%)、「社会的・政治的な二極化」(第3位、46%)、「サイバー攻撃」(第5位、39%)の3項目がランクインしている(第1位は「異常気象」(66%))。これをみると、「偽情報・誤情報」と「二極化」はデータの質(真正性)に関わるもの。また、「偽情報・誤情報」はAIが大量に生成することが懸念として挙げられている。加えて「サイバー攻撃」によるセキュリティリスク。このように、主要なグローバルリスクはデジタルガバナンスの3つの要素—データ、AI、セキュリティ—に適合している。

 本報告書は、今後2年間に米国、EU、インド、英国、インドネシアなどで国政レベルの選挙が予定されており30億人近い人たちが投票する状況にあり、「偽情報・誤情報」は投票結果に影響を及ぼし深刻な政治的不安定性をもたらすリスクだと指摘している。また、リスク回避に向けて必要な施策として、AIのリスクについては、普及啓発・教育の強化(58%)、規制の適用(54%)、研究開発の推進(51%)、マルチステークホルダーの関与(46%)が相対的に重要であるとしている。またサイバーセキュリティのリスクの場合、研究開発の推進(55%)、普及啓発・教育の強化(48%)・規制の適用(48%)、マルチステークホルダーの関与(42%)が求められており、評価点こそ異なるものの必要な政策メニューはAIのリスクのケースと共通している。

 なお、報告書では2年後及び10年後という視座でグローバルリスクを評価しているが、10年後においてもデジタル技術関連のリスクについて大きな変化はみられず、デジタルガバナンスの問題は長期的な課題として捉え、着実に対応していく必要があると考えられる。また、2年後と10年後のリスクを比較した場合、「技術力の集中(technology power concentration」という項目がいずれも第12位となっている。現在注目を集めている生成AIについても巨大プラットフォーマーがデータビジネスで得た巨額の資金をつぎ込んで覇権争いをしている状況にあり、市場支配力を有するプラットフォーマーによる技術支配について競争政策の観点から検証していく必要がある。

 ダボス会議2024開催後のプレスリリース資料[3]には、「新技術について会合での議論は、それがもたらす便益と、利用から生じる懸念、例えばセキュリティ、プライバシー、安全性、説明責任、包摂的で倫理的な利用の両面でバランスをとることの重要性が指摘された」としている。まさに今、デジタルガバナンスのあり方について具体的な議論を深めるべき時であり、データガバナンス、AIガバナンス、セキュリティガバナンスの3つの要素について個別に議論を行うだけでなく、相互に関連する3つの要素についてどのようにバランスを確保していくのかという俯瞰的な視点が求められる。


[1] 谷脇康彦「教養としてのインターネット論」(日経BP社、2023年)

[2] World Economic Forum “The Global Risks Report 2024 : 19th Edition”(January 2024)
https://www3.weforum.org/docs/WEF_The_Global_Risks_Report_2024.pdf

[3] World Economic Forum “Annual Meeting 2024 : Rebuilding Trust Amid Uncertainty”(Jan 2024)
https://www.weforum.org/press/2024/01/annual-meeting-2024-rebuilding-trust-amid-uncertainty/

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