コラム

#22 インターネットガバナンスを巡る議論—IGF2023@京都を振り返る
谷脇康彦(デジタル政策フォーラム顧問)

2023年10月20日

 2023年10月、IGF(Internet Governance Forum)2023が5日間にわたって京都で開催された。会場参加者(登録ベース)が約6,300名、オンライン参加者(同左)が約3,000名。178か国から参加した約1万人の国際機関・政府機関、民間企業、技術コミュニティ、市民団体などの各ステークホルダーが議論に参加し、355のセッションでインターネットを巡る様々な議論が行われた。

 IGFは一言で言えば「国連が主催するインターネットをテーマとした会議」ということなのだが、それだけではピンとこない[1]。国内メディアの報道をみても、残念ながらIGFの意義について十分に理解されているとは言い難い状況にある。IGFの意義を理解するには、まずIGFの設立当初にまで時計の針を戻してみる必要がある。

こうしてIGFは設立された

 インターネットはもともと米国の研究開発のプロジェクトとして誕生し、米国科学財団(NSF : National Science Foundation)が運営する大学・研究機関の研究者ネットワーク(NSFNET)として発展してきた。その後、米国を皮切りにインターネットの商用利用が解禁されるようになり、利用者数も世界的に急激に増加したが、その過程で米国主導のインターネットの管理運用体制のあり方について見直しが必要ではないかという議論が出てきた。

 従来、インターネットに必要なIPアドレスやドメイン名を含むインターネット資源の管理は、米国政府により民間組織との契約に基づいて行われてきた。これが米国主導の意味するところであり、これを改めるべく、1998年10月、非営利法人ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)が新たに設立された。

 しかし、ICANNも当初は米国NTIA(電気通信情報庁)との覚書に基づいて運用されていたため、さらに米国主導から脱却する必要があるという議論が高まり、この点を含めインターネットの運営のあり方について議論することを目的として、2005年11月に開催された世界情報サミットWSIS(World Summit on Information Society)においてIGF(Internet Governance Forum)の設置が決められた。

 IGFは2006年10月に第1回会合を開催し、以来、年1回のペースで開催されてきており、今回の京都会合は18回目の会合になる。ちなみに、2006年からIGFでの議論を重ねた結果、2016年9月に米国政府はICANNの監督権限を放棄し、同時に各国政府がICANNに助言を行うGAC(Government Advisory Committee)が設置され、各国が等距離でGACを通じてICANNの運営に意見を反映することができる仕組みが出来上がった。

 このように、インターネットの管理(インターネットガバナンス)を巡る議論がIGFにおける主テーマであり、具体的には「米国主導からの脱却」ということが議論の中心だった。また、インターネットは「自律・分散・協調」を基本精神とするものであり、国、民間企業、アカデミア、市民団体など誰もが参加可能なマルチステークホルダー方式を前提にしている。このため、IGFにおいてもこのマルチステークホルダー方式が議論の前提となっており、多数決で何か結論を決めるという仕組みは採られていない。

これまでIGFで何が議論されてきたのか

 IGFで取り上げるテーマも大きく変わってきている。例えば2006年のギリシャにおける第1回会合の議題は「成長のためのインターネットガバナンス」であり、サブテーマとして、
①オープン性(表現の自由及び情報等の自由な流通)
②セキュリティ(協調を通じた信頼と確信の創造)
③多様性(多言語主義とローカルコンテンツの促進)
④アクセス(インターネット接続・政策・費用)
⑤新たな課題(特に人材育成)
の5項目を立てている。

 これに対し、17年後の2023年京都会合では議題を「我々が求めるインターネット:すべての人々に力を授ける」と設定し、サブテーマとして8項目を立てている。具体的には、
①AI及び新たに登場する技術
②インターネットの分断の回避
③サイバーセキュリティ、サイバー犯罪そしてオンラインセーフティ
④データガバナンスと信頼
⑤デジタルデバイドとインクルージョン(包摂)
⑥グローバルなデジタルガバナンス及び協力
⑦人権と自由
⑧サステイナビリティと環境
となっている。

 2つのIGF会合のアジェンダを比較すると、興味深い点が存在する。具体的には、「インターネット資源の管理」という観点から始まったインターネットガバナンスの議論から、すべての人に力を授ける「基盤インフラとしてのインターネットのあり方」へと「議論の範囲が大きく拡張している」という点である。

 従来、インターネット資源の管理という観点からは、例えば「重要なインターネット関連設備の管理は国の関与が及ばないようにしよう」という”Public Core of the Internet”と呼ばれる概念などが議論されていたが、時間の経過とともに、そこから議論の範囲が大きく広がり、AIをはじめとする新技術、データ駆動社会に向けたデータガバナンス、デジタル技術が普及したが故に生まれてきた人権と自由の問題、さらに環境問題への貢献に至るまで議論が膨らんでいる(この点は後に触れるデジタルガバナンスというアプローチでより明確化されている)。

深刻化が進むインターネットの分断

 2023年のサブテーマ(8項目)の中で、とりわけ目を引くのが「②インターネットの分断の回避」(Avoiding Internet Fragmentation)という項目だ。この項目がサブテーマに取り上げられたのは2022年の第17回会合(エチオピア)が最初。今回が2回目ということになる。その背景には日米欧を中心とする旧西側諸国の一群(グループA)と中国・ロシアを中心とするグループBとの間の対立がある。ちなみに多くのグローバルサウス諸国はグループBを支持している。

 国連では安全保障問題を取り扱う第一委員会の下、サイバー空間における国際ルール、とりわけ安全保障に関わる国際法の適用関係について議論するため2004年に設置されたGGE(Group of Government Experts)が長期間にわたって議論を続けている。

 しかし、そこではグループAとグループBの対立は深刻なものとなっている。旧西側諸国はリアル空間とサイバー空間には特段の違いがなく、リアル空間に適用される国際ルールはそのままサイバー空間にも適用されるので問題ないという立場に立つ。これに対し、中国やロシアは、サイバー空間は米国主導のルールが中心であり、新たにサイバー空間における各国の主権(サイバー主権)の確保が行われなければならないという立場をとる。この点、GGEでは両者の対立は解くことができずこう着状態が続いている。

 事実、中国・ロシア両国の首脳会談後の共同声明(2022年2月)では「(サイバー空間における)主権的権利を制限しようといういかなる試みも容認できない」としている。これに対し、両国の共同声明の2か月後に公表された旧西側諸国を中心とする「インターネットの未来に関する宣言」(同年4月)は「開かれたインターネットへのアクセスが一部の権威主義的な政府によって制限されている」として、中国・ロシアに対して真正面から対立している状況にある。

 こうした中、同年2月にロシアによるウクライナ侵攻が勃発した。ここでは国家が関与していると強く疑われるサイバー攻撃(重要インフラの機能停止を狙ったものが多数存在)やディープフェイクを含む偽情報の流布が行われいてる。そして、グレーゾーン事態(平時と非常時の境目があいまいな状況)やハイブリッド戦争(武力の行使とサイバー攻撃が同時並行的に展開される事態)といった状況が現実のものとなり、国家間の争いが民間人、とりわけ社会的弱者を巻き込む状況が多々発生する中、改めて「サイバー空間における国家の関与はどこまで認められるのか」という根源的な問いが現実感を持って我々の前に提示されている状況にある。

問い直されるマルチステークホルダー主義

 旧西側諸国と中国・ロシアの対立はデジタル冷戦とも言うべき対立を生んでおり、”One World, One Network”というインターネットの基本原則が破られてインターネットが分断される可能性も取り沙汰されるようになってきている。

 こうした対立の構図の中、マルチステークホルダー方式という議論の手法は果たして有効なのだろうか。内閣府の資料[2]によると、マルチステークホルダー方式は同等の発言権・参加権・説明責任を有する3主体以上のステークホルダーが参加する意思決定や合意形成に用いられるもので、参加主体の間に対話が不可能であるまでの対立が発生していないことや、対話を経ることで目的が達成される合理的な可能性があること等を要件として挙げている。

 そうだとすると、インターネットの分断(あるいはデジタル冷戦と呼ばれる状況)を回避するための対話の手法としてマルチステークホルダー方式を採用するのは有効ではないと見えるかもしれない。しかし、重要なのは対立を有するステークホルダー間、しかも国だけでなく多様なステークホルダーが参加して対話を継続することであり、少なくとも年1回はインターネットについて議論する自由な場が存在することで決定的な決裂を回避することが期待されている面がある。

 先鋭化する対立軸は、総論としてのサイバー空間における国家の関与のあり方論だけでなく、第1回会合から継続して取り上げられているサイバーセキュリティの領域などにも存在する(サブテーマ③)。

 具体的には、IGFのセッション横断的な活動の一環としてBPF(The Best Practice Forum on Cybersecurity)のまとめたレポート[3]では主なサイバー事案を取り上げて分析し、そこから得られる教訓を共有する試みが行われている。

 こうした取り組みは仮にハードローとしての国際ルールがなくても、「これだけはやってはいけない」という”Do Not List”に相当する規範(norm)づくりに大いに貢献している。例えば、選挙システムや原発に対するサイバー攻撃は控えなければならないといった内容を規範化する取り組みがIGFにおいても行われている。

デジタルガバナンスの議論へ

 また、今回の関連文書では「インターネットガバナンスからデジタルガバナンスへ」という重要なメッセージが発信されている(サブテーマ⑥)。

 この点、関連文書(Draft IGF Messages)[4]において「デジタルガバナンスに関する議論はインターネットガバナンスとデジタル時代における、より広い経済・社会のガバナンスの共生的な関係をますます認識させるようになっている」とした上で、「インターネットは引き続きデジタル社会におけるコアな構成要素であり続けるだろうが、これらの議論は、データに関する権利、AI倫理、その他のより広いデジタルエコシステムのように、デジタル技術が社会にインパクトをどのように与えるかといった従来よりも広い視野まで広げていく必要がある」と述べている。

 インターネットの分断化という対立が先鋭化している分野に加え、デジタル技術が社会経済システムに与える影響まで議論の範囲を広く捉えることで、マルチステークホルダー方式という議論の手法が有効に活用されることが期待されている。

 より具体的にいうと、インターネットガバナンス(分断化)の議論に集中している限りにおいてマルチステークホルダー方式で議論の前進をみることは困難だが、より射程の広いデジタルガバナンスという構えを作り、合意可能な論点を増やすことでマルチステークホルダー方式の良さが生かされ、結果として、IGFのサステイナビリティを向上させることにつながるだろう。

今後のIGFに向けて—-インターネットの未来を考える

 結論として、今回の第18回IGF@京都は成功裡に終了したと言える。しかし、今後に残した課題を今の時点で整理し、速やかに次の議論につなげていくことが必要だ。現時点において次なるアクションとして考えられるのは以下の三点だろう。

(1)IGFにおける議論のサステイナビリティの強化

 第一に、IGFは年に1回リアルに開催される会議であり、その場に参加することで通常は耳にすることのないステークホルダーの意見を聞き、あるいは対話できるという大きなメリットがある。しかし、IGFを年1回の単なる「イベント」としてのみ捉えることは適当ではない。何故なら、次のIGFに向かってオンライン上で様々な議論が展開され、これらを定期的に集約するのがIGFというリアルな場だからである。特にIGFの議論を広げていくためには次世代を担う若い人たちのIGFへの参画を促す取り組みが今後ますます重要になるだろう。こうした取り組み(一部はすでに行われている)を国内でも広げていく必要がある。

 これに関連して、IGFへの参画に関する地域バランスにも配慮していく必要がある。アジア太平洋地域からのIGF参加者は2017〜2022年まで全体の参加者のうち平均10%台半ばであったが、今回の京都会合では57%となりアジア太平洋地域の参画を促す大きな契機となったことは留意しておくべきだろう[5]。

(2)国内版IGFの構築

 第二に、IGFを国連の国際会議だとして第三者的にみるのではなく、IGFの取り組みを国内でも展開していく必要がある。誰もが参加できるマルチステークホルダー方式でインターネットの議論をする場作り。こういう取り組みを進めていく必要があるのは、日本には市民社会(civil society)と呼ばれるステークホルダーの層が薄いという背景がある。そこで国内版IGFを具体的に立ち上げる取り組みを行い、デジタル政策フォーラムがその中で主体的な役割を果たし、市民社会の立場の意見も丁寧に汲み取っていく取り組みが有益だろう。その際、インターネットやデジタル政策に関連する他の団体とも積極的に連携していくことが必要である。

(3)デジタルガバナンスに関する議論の枠組み作り

 第三に、今回のIGFで出てきた「デジタルガバナンス」の議論の枠組み作りに積極的に日本として参画していくべきだろう。デジタルエコシステムの統治メカニズムを考えるということは、とりも直さずデジタル政策の枠組み全体を具体的に構築していくということであり、そこからガバナンスを機能させるための政策ツールのあり方についても議論を深めていくことが求められるところであり、デジタル政策フォーラムの問題意識とも一致するものだと言える。

 

(付記1)
 本稿を執筆するに際し、2023年10月18日にデジタル政策フォーラム(DPFJ)が開催したオープンカンファレンス「IGF2023@京都を振り返る〜どうなる?インターネットを巡る議論〜」の各パネリストのプレゼンテーション及び発言が大いに参考となった(ただし、本稿において意見に及ぶ部分は概ね筆者個人の意見である)。

 ちなみに、本カンファレンスの参加者は以下のとおり。
【パネリスト】
加藤幹之:IGF2023に向けた国内IGF活動活発化チーム チェア / MK Next代表
小林茉莉子:WIDEプロジェクト ボードメンバー
戸田崇生:デロイトトーマツ マネージングディレクター
谷脇康彦:デジタル政策フォーラム 顧問(本稿筆者)
【モデレーター】
菊池尚人:デジタル政策財団 理事

 なお、本オープンカンファレンスの模様は下記URLで視聴可能。
https://youtu.be/Y7gYSknx3jM?feature=shared

(付記2)
 本稿中、IGFの設立経緯に関わる部分は谷脇康彦著「教養としてのインターネット論」(日経BP、2023年9月)の第4章「デジタル民主主義を巡る対立」の記述に基づいている。なお、本著についてはデジタル政策フォーラムの記事(下記URL)も参照されたい。
https://www.digitalpolicyforum.jp/wp-content/uploads/2023/09/23_taniwaki_book.pdf


[1] IGFに関する国内メディアの報道はAIを巡る議論が行われたことを報じるものがほとんどで、中には「国連AI会議」と呼称する報道まであった。

[2] 内閣府国民生活局企画課「マルチステークホルダー・プロセスの定義と類型」(2008年6月)https://www5.cao.go.jp/npc/sustainability/research/files/2008msp.pdf

[3] https://www.intgovforum.org/en/filedepot_download/56/26436 (本稿執筆時点ではドラフト)

[4] https://www.intgovforum.org/en/filedepot_download/300/26576 (本稿執筆時点ではドラフト)

[5]本論点はデジタル政策フォーラムのオープンカンファレンス(付記1を参照)において小林茉莉子氏が指摘した。

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