コラム

#7 5つの検討アジェンダと今後の活動
谷脇康彦(融合研究所顧問)

2022年2月4日

 デジタル政策フォーラム(DPFJ)では「データ駆動社会におけるデジタル政策」を基本テーマに5つの検討アジェンダに分けて議論が進められており、初のオープンカンファレンスをオンラインで去る1月25日に開催した。

 5つの検討アジェンダは(1)デジタル政策の基本的視点、(2)市場のボーダーレス化、(3)デジタル市場の構造的変化、(4)知財・コンテンツ政策、(5)ルールのあり方だが、それぞれの項目は相互に関連し、重なり合い共鳴する部分も多い。今回のオープンカンファレンスでは、各項目に関する議論の状況について順次紹介された後、事務局から今後の検討の方向性について整理を試みた。

 以下、項目ごとに概観してみたい。

 第一に、デジタル政策の基本的視点。デジタル政策全体の枠組みをまず明確化するためには、データ駆動社会の社会経済的な意義を明確にする必要がある。データそのものは無形資産(intangible asset)であり、その経済的価値を具体的に算定する手法も未だ確立していない。しかし、データ駆動社会の経済的インパクトやプラットフォーマーの抱える膨大なデータセットの経済的価値を算定することは今後の政策立案において欠かせない。データ駆動社会においてはデータの量・質・流通速度を高めていく努力が求められる。すでに取り組みが開始されているデータ取引市場の開設や情報銀行などをさらに普及させていくことも必要だ。特に情報銀行の機能についてはブロックチェーン技術の普及に伴いスマートコントラクトとして自動化することも視野に入ってくる。

 また、今後のデジタル駆動社会においてはウェブ(インターネット)のあり方についても問われることになる。web1.0からweb2.0への進化の過程で事業者側と利用者側の双方が情報を発信してフィードバックループを作っていくことが可能になった。こうした中、CGC(Consumer Generated Content)のように利用者が発信者になることも自然なこととなった。しかし、その過程で情報仲介(検索、SNSなど)の役割を担っていたはずのプラットフォーマーが巨大化し、単なる仲介ではなくweb2.0のシステムの中心に位置するようになり、ウェブ関連市場に大きな歪みをもたらすことになった。次世代ウェブの社会はプラットフォーマーの市場支配力の濫用を防止し、分散型台帳技術(ブロックチェーン技術)やトラストサービスを最大限活用したweb3(またはweb3.0)の世界を築いていくことが大きな目標となってくる。これは、プラットフォーマーの市場支配力から脱却し、インターネットの基本精神である“自律・分散・協調”という特性に回帰することを目指すということだろう。こうしたweb3の世界ではブロックチェーン技術に見られるように全員参加による信頼(トラスト)の創出が求められる。換言すれば、プラットフォーマーによるデータ支配を脱してデータの自己コントロール権を確立することがweb3の当面の目標となる。

 第二に、市場のボーダーレス化。今後データ流通は個別の領域(“system”)を越えて相互連携する”system of systems”の時代に向かっていく。またサイバー空間はそもそも国境を超えて存在しており、データは本来的にグローバルに流通する。他方、各国においては固有の法制度が存在しているため、ボーダーレスなサイバー空間を巡るルールづくりは新しい視点が求められる。しかし、現在の状態を放置しておくと困った事態が起こる。欧州GDPR(一般データ保護規則)の場合、在欧州の個人情報を域外に移転・蓄積・保存する場合であっても、この域外事業者にGDPRが域外適用される。しかし、ある国において国内法が適用されるのに加え、多数の国家の法制度の域外適用が行われると、事業者はどの規律に適合させれば良いのかという点で事業リスクを抱えることになる。その場合、各国の規律の国際標準化というアプローチが必要になる。

 特に信頼できる越境データ流通を実現するためには国際的なルールを作る必要がある。これがデジタル貿易協定だ。かつてモノやサービスの越境取引についてWTOを中心に国際的なルールが策定されたが、データの越境取引についても同様のアプローチが必要になる。こうしたデジタル貿易協定にどのような項目が含まれるべきなのか検討を深める必要がある。

 なお、モノやサービスに関するWTO協定については安全保障条項が存在する。つまり、国の安全保障に抵触するような事案については協定の対象としないという考えであり、これはデータ流通についても適用が求められる。このため、デジタル貿易協定の検討を進めるに際してはデータ経済安全保障というコンセプトを併せて具体化していく必要がある。

 第三に、デジタル市場の構造的変化。NFV(Network Function Virtualization) / SDN (Software Defined Network)関連技術の急速な進展により、ネットワークはハード(機器)がホワイトボックスになり、機能要件の設定はソフトウェアで行われるようになる。こうしたネットワークの構造的な変化に対して、現在の電気通信事業法は必ずしも対応できているとは言えない。もともと電気通信事業法は通信事業者の設備規制を中心にしてきたが、ソフト主導型のネットワーク構造に転換すると設備規制が相対的に過重になり、逆にサービス規制が不十分な状況に留まりかねない。現在、欧州で検討が進められているDSA(Digital Service Act)もプラットフォーマーを主に念頭に置いたサービス規制の色合いが強い。このため、通信関連規制についてサービス規律を重視する方向に検討の舵を切ると共に、データの蓄積が市場支配力の強化につながるという点を法制度においても明確化する必要がある。

 第四に、知財・コンテンツ政策。DPFJではデータ駆動社会、すなわちデータの円滑な取引の促進を主たるテーマとしているが、デジタルコンテンツはまさにデータの塊であり、データの越境流通の中にはコンテンツも含まれる。このため、知財対策が十分に施された形で知財・コンテンツ政策を再検討しなければならない。例えばブロックチェーン技術を活用したNFT(Non-Fungible Token)の導入により、デジタルコンテンツといえども複製が不可能な希少性を有したコンテンツ取引が実現する可能性がある。

 またコンテンツ(とりわけ放送)の伝送路においてもクラウド化(設備の仮想化)やスライシング技術を活用した通信網経由のコンテンツ配信など伝送路の多様化を進める必要がある。さらに、メディアサービスの多極分散化を進めるため、メディア事業におけるハード・ソフト機能の柔軟な組み合わせ、データ活用型メディアの育成など、我が国の取り組みが遅れている領域においてデジタル化を進めることが急務だろう。

 第五に、ルールのあり方。市場に適用される規律(ルール)としては国の法制度によるハードローと民間団体のガイドラインなどに基づくソフトローがある。官民が協働してルールを設定・運用する共同規制も、一般的にはソフトローとして分類される。しかし、ソフトローの規律としての厳格性や客観性はまちまちであり、規律の対象となる市場の課題に適切な水準のルールが十分に適用されているかといったソフトローの評価軸や運用評価体制の確立をどのように進めるべきかについて検討を行う必要がある。また共同規制の策定・運用において重要な項目を整理したガイドラインの策定なども求められる。

 さらに、例えば欧州が前述の通りGDPRを導入しているが、いち早くGDPRに対応した事業展開を欧州でできれば、欧州市場においてその企業に競争優位性が生まれる。このようにルールの策定を通じた市場創造や先行者利得の獲得という戦略的な発想が求められる。同様の課題は国際標準化活動の文脈でもよく語らえるが、ルール策定の戦略性を経営層が十分に把握し、ルール形成に長けた人材の育成、自社のコアコンピタンスを踏まえたオープン・クローズ戦略の展開などを考えていく必要がある。

 DPFJでは引き続きアジェンダごとに検討を進め、本年6月頃をめどに論点を整理したディスカッションペーパーを取りまとめることとしている。その際、当面取り組むべき課題と、10年後(2030年)から20年後(2040年)を見据えた「ネットはどう変わるのか、ネットは社会をどう変えるのか」という長期的な課題に分けて整理しつつ、あるべきデジタル政策の具体化に向けた取り組みを進めていきたい。

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