コラム

#3 年頭所感 
菊池尚人 (慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授)

2022年1月7日

 情報通信と知的財産を取り巻く環境は、急速かつ劇的に変化している。インターネットにより、国内外区分は形骸化し、無線技術の進歩により有線無線区分も形骸化した。そもそも、通信技術の進歩による通信放送区分すら形骸化している。デジタルによるコンテンツのネットワーク流通は、複製と二次創作を容易にし、著作権制度の前提を大きく変えた。

 従来の制度はフレームワークが国際条約で決まり、実質的な規律を国内法が担ってきた。情報通信、とりわけ無線に関しては省令や告示がビジネスや技術を左右した。同時にデファクトが国際的な趨勢を形成する領域も広がっている。また、ネット上の様々なサービスは各国の許認可を要せず、プラットフォームの契約約款が世界的なルールとなっている。著作権などの知的財産では、実務は法制度よりも慣行や契約に依拠する部分が大きい。

 これらを踏まえると、新たな制度の方向性は三つだ。①制度の国際的な調和、②技術やイノベーションからの中立性、そして、③事業者規制からユーザー保護への転換だ。しかし、情報通信や著作権を一国の制度でどこまで規律することができるのだろうか。

 上記は、筆者が15年前の2007年に記したディスカッションペーパーの一部だ。2007年は前年に改正された著作権法が施行され、IPマルチキャストによる地デジ再送信が制度化された年だった。総務省「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」が通信・放送法体系の見直しをとりまとめた年でもあった。世界的にはiPhoneが発売された年だった。

 15年前から、いや、IT基本法が制定された2000年から、なんだか同じような議論をずっとしている気がする。30年間、議論をしたまま状況が改善せず、ますます悪化している少子化と同じで、抜本的な対策は常に先送りされてきた。デジタル敗戦は、日本社会の不作為の帰結だ。社会経済構造を転換できず、日本の国際競争力は今や世界30位あたりをうろうろしている。十年後も同じ議論をしているなら、国際競争力は50位くらいになりかねない。

 様々な区分が形骸化して、従前の細則改正では対応が不十分になる中、情報通信や著作権においては、国際的調和と技術中立を理念として、固有の規律を最小限に止めるべきというのが、上記の2007年ディスカッションペーパーだった。その後、GAFAなどのプラットフォーマーによる世界的な寡占化、AIの普及と社会的浸透、サイバーアタック・サイバーテロの増大など、デジタル環境はさらに大きな変化を遂げた。しかしながら、国内では教育や医療など公的分野のDXは遅々として進んでいない。デジタル庁が昨年9月に設置されたものの、行政DXも相当の時間を要するだろう。

 データ保護ではEUのGDPRなど、国際的な規律への適応が必要だ。プラットフォームでもアメリカ国内の分割論や、EU等による制裁金賦課が、日本国内の制度変更よりもはるかに大きな影響力を日本市場に与える。デジタル政策では、EUやカリフォルニアの制度をそのままコピーする方が合理的ではないかとすら思う。

 デジタル政策フォーラムには、産官学の多様な方々が参集している。解決すべき課題は、アジェンダに並んでいる。多様な視点から横断的な議論が行われ、より良いデジタル政策が形成されることを祈念する。2022年、正月元旦。

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