デジタル政策フォーラムとは

 COVID-19の蔓延でDXが世界的な課題となっている中、国際競争⼒の⻑期低落に苛まれる⽇本は、デジタル敗戦をも認識することとなった。
同時に、ネットビジネスは米IT企業・プラットフォーマーが世界を席巻し、デジタル分野での日本企業の存在感は低下。日本国内では、長きにわたり、教育・医療・行政の情報化は低迷してきた。近年、セキュリティ対策、サイバーテロ対策や知的財産保護など課題が広がる一方、AI、ビッグデータ、IoT、5Gなど技術革新は進み、新しい国際的な政策アジェンダが立ち上っている。広く産学官の知恵を連結して論じ、アクションを起こす場が求められており、ここにデジタル政策について議論し、提言するコミュニティを形成する。

デジタル政策フォーラムアジェンダ2023

 データの収集・蓄積・解析・利用が重要な役割を果たすデータ駆動社会において、データが持つ特性(限界費用ゼロ、非競合財、ネットワーク効果など)はデータ保有者の市場支配力、すなわち「データという富の集中」を加速的に高める。これが旧西側諸国では巨大プラットフォーマーによる「監視資本主義」を生み、中国、ロシア等では政府による国民監視の徹底が「権威国家主義」をもたらし、利便性・効率性とプライバシーの相剋が大きな問題となっている。

 他方、これに対抗する2つの動きが見られる。

 一つは欧州の動き。巨大プラットフォーマーに対する競争法の見直し、デジタルサービス規制の導入、個人情報保護の強化、認証基盤連携の推進、さらにデータ法の検討など、「データという富の集中」を最小限に食い止める新たな市場モデルの検討(「第三の道」の模索)が進んでいる。
もう一つは新しい事業モデルの模索。分散台帳技術を活用した分散型事業モデルの一つであるWeb3が登場し、「データという富の集中」に対抗し、個人に主導権を与える新しい動きが各方面でみられる。また生成型AI(generative AI)をサービスに取り込む動きも急速に進んでおり、デジタル市場の変革を促す大きな要因の一つとなっている。

 こうした集中から分散への大きな流れをもたらす2つの動きを中心に、デジタル政策フォーラムはデータ駆動社会のもたらす社会経済的インパクトについて更に検討を深めつつ、一歩進んで、“日本の目指すデジタル国家像”を明らかにすることを目指す。

 その際、ウクライナ情勢を含む地政学的リスクの変化、世界的な物資不足(石油、半導体、食料など)に起因する世界経済の不透明感の高まり、環境負荷がもたらす事案の急増など、世界が抱える重要課題が及ぼす影響に十分目を配りながら、必要に応じて緊急提言をまとめるなど、機動的に検討を行う。

データ駆動社会の具体像

  「監視資本主義」モデルや「権威国家主義」モデルとは異なる欧州のアプローチに単に準拠した議論を行うのではなく、国や文化圏の多様性に重きを置きながら、デジタル社会のルールメイキングの在り方について議論する。問われるべきは今後のデジタル社会における「信用」・「管理」と「自由」・「多様性」のバランスであり、デジタル社会における集中と分散のベストミックスのあり方について検討する。

 また、分散型事業モデルが今後急速に普及するものと見込まれる中、こうした事業モデルに対する国家関与のあり方、プラットフォーマーによる競争制限的行為の可能性など、Web2.0における集中の弊害が形を変えて出現する懸念もある。このため、分散型事業モデルに関する国際競争の視点や国際規律のあり方、望ましいデジタル社会像等について議論する。

 また、分散型事業モデルが普及する中にあっても文化の独自性や多様性を確保することは極めて重要であることを踏まえると、文化と密接不可分のコンテンツ市場において日本の制作者やユーザーの貢献を振興することが求められることを踏まえ、国際社会における相互の「受容」を拡大し、価値観と制度が緩やかに調和するデータ駆動社会の具体像を議論する。

データ駆動社会の基本規律

 デジタル技術が基盤となる社会の中における国家と市民社会との関係について検討する。例えば、拡大しているデータ駆動社会のエコシステムと(日本では十分根付いているとは言い難い)市民社会のガバナンスをどのように結びつけるかは、今後のデジタル社会を構築していく上での重要な検討課題となる。小さな政府に基づく「アメリカ型」デジタル社会、歴史に根ざした市民社会に基づく「EU型」デジタル社会、そして権威国家主義による「中露型」デジタル社会との対比を通じて、「日本型」デジタル社会の基本規律の方向性について検討する。

 また、ロシアによるウクライナ侵攻以降、グレーゾーン事態(武力行使が行われる前の段階で、自国の主張・要求を強要しようとする試み。平常時と非常時の境目が曖昧で、武力行使前の段階でのサイバー攻撃などが含まれる)を想定した非常時における(国民の)諸権利のあり方について検討を進める。加えて、政府等の公的主体によるインターネットへの関与のあり方について、「自律・分散・協調」というインターネットの基本精神を踏まえつつ、インターネットガバナンスの観点から多角的に検討する。

 上記の議論については、国際関係論、安全保障、外交政策などの専門家を迎えて検討を進めるとともに、市民・企業等・政府が緊密に連携する日本型のデジタルトライアングルを念頭に、法執行の確保を含め、地球規模での俯瞰した議論を進める。

データ駆動社会における競争枠組み

 産業構造のデジタル化によって、リアル空間とサイバー空間の壁を超えてデータや情報を融合・連携しつつ多様なサービスを展開するCyber Physical System(CPS)がデータ駆動社会の基本になっていくと見込まれる。

 CPSが実現した社会においては、取得できるデータの大規模・広範囲化のもたらす弊害、AI等の判断による責任主体の不明確化、巨大プラットフォーマーによる支配力の行使など様々な課題が挙げられる一方、こうした変化については市場の革新性を損なわない観点からは事前規制ではなく、アジャイルガバナンスやゴールベースによる法規制の有効性が見込まれるため、これらのアプローチが抱える課題を含め、今後のあり方について議論を進める。

 また、競争政策については公正取引委員会における検討は主としてBtoBを対象とするものであるが、今後は対消費者取引についても所要の枠組みを検討することが求められることから、こうした問題意識を基に新たな理論枠組みについて検討する。

 さらに、プラットフォーマーが自由な競争を阻害しないための責任やグリーントランスフォーメーション(GX)等の公共的課題への対処を促す観点から、競合する企業等が協力しデータ共有などを行うことが有効である一方、こうした行為が競争政策の観点からどう取り扱われるべきか等についても議論を進める。

データ駆動社会における融合型コンテンツ流通

 これからは、DAO(Decentralized Autonomous Organization)やWeb3、メタバースやファン・コミュニティが世界規模で拡大することが予想されるが、「メジャーとインディ」、「プロとアマチュア」、「プラットフォームとコンテンツ」という階層構造あるいは垂直的関係そのものは当面変わらずに存在し続けるだろう。

 ただし、それらの役割や関係性は従前とは大きく変化することが予想されるため、「相互の位相関係」や「クリエータ個々人のキャリアパス」などを俯瞰的に見通さないと、メディア/コンテンツ領域は中長期的にみて個々人が人生や生活をかけるに値しない作業領域になりかねない。 

 これらの認識に基づき、(1)柔軟なコンテンツ制作・流通の実現、(2)伝送路の制約を受けないメディア多様性の確保、(3)グローバルな課題への対応について、制作・流通・利用・消費の全ての観点から、多様なステークホルダーの意見を集約しつつ議論を進める。

データ駆動社会を加速させるルール整備

 データ駆動社会に対応したルール整備がEUを中心に進んでいる。データの保護に焦点を当てた個人データ保護法制や知的財産法制とは別に、IoT生成データ等の広範なデータ共有促進を図るデータ法案や本年秋に適用開始を予定しているデータガバナンス法を基盤としつつ、データ活用法制の整備が具体的に進められている。また、プラットフォームに関しては、偽情報対策を含む包括的なプラットフォーム規制であるデジタルサービス法(DSA)、それと対をなす競争法制であるデジタル市場法(DMA)の本格的な運用開始が見込まれている。
こうしたEUにおける立法やその運用状況並びに米英等の動向を参照しながら、データ駆動社会に求められる我が国のルールのあり方について議論を行う。

 また、これまでのAIの開発原則などに関しては主として理念的な議論が中心であったが、現実社会においては生成型AI (generative AI)の利用が急速に拡大しており、様々なサービスに組み込まれようとしている。こうした動向を踏まえつつ、AIのもたらす社会経済的インパクトや新たな課題などについて検討する。

 さらに、データ駆動社会のルールは、国家単独での構築を行うことが困難であり、共同規制の手法を含む官民協業型のルール形成、二国間・多国間の経済連携協定、G7OECD等の枠組で構築される国際ルール形成など多岐にわたるところであり、その有効性等について目的と手段の相当性等の観点から検討を行う。

分散型事業モデルのもたらすインパクト

 Web3に代表される分散型事業モデルの普及が本格化することにより、これまでのプラットフォーマーによる集中型事業モデルからの大きな転換、集中から分散への移行(集中と分散のリバランス)が進み、社会経済システムに大きなインパクトをもたらす可能性がある。

 このため、まずはWeb3型の事業モデルの動向について整理するとともに、その結果を踏まえつつ、例えば組織のガバナンスのあり方、金融システムの変革に与える影響、覇権主義国家における分散型事業モデル導入の可能性など、今後注視しておくべき課題を抽出するとともに、その動向を把握していく上で重要となる視点等について検討を行う。

 特に、Web3を含む分散型事業モデルの文脈の中で語られる新技術・新概念は現時点では未成熟な部分も多く、今後、分散型事業モデルがどのような発展を遂げ、どのような価値をもたらすのかを正確に予想することは困難である。

 日本がWeb3に代表される分散型事業モデルにおいて先駆者となるためには、新たな成長戦略を明確にし、産官学が緊密に連携して技術開発や所要の環境整備に取り組む必要がある。このため、Web3を含む分散型事業モデルを軸とする成長戦略に必要な多角的視点(技術、金融、法律などを含む)から当該事業モデルのあるべき姿を議論するとともに、分散型事業モデルに基づく新たな産業政策の方向性について検討を行う。

デジタル社会におけるサイバーセキュリティの確保

 インターネットが社会経済基盤の中に占める重要性が高まる中、サイバーセキュリティの確保は経済安全保障に直結する課題として議論されるようになってきており、従来の技術論としてのサイバーセキュリティに止まることなく、経済、外交、政治など、様々な視点を取り入れた俯瞰的なサイバーセキュリティ戦略を検討する必要性が急速に高まっている。

 また、データの真正性 (integrity)の確保はデータ駆動社会における最重要の要素となってきている。とりわけデータのサプライチェーンにおける真正性を確保する仕組みを総括した法制度を検討する必要がある。その際、上述のEUにおけるデータガバナンス法やデータ法案のようにデータ取次者によるデータ品質確保のための制度やデータ流通を促進するための仕組みを盛り込んだ法制度についてデータセキュリティやデータサプライ
チェーンの観点を念頭に置きつつ検討を進める。

 上記の他、デジタル社会におけるサイバーセキュリティを巡る新たな課題について整理し、さらにこれらの課題の解決に向けた手段等の社会実装の手法についても検討を進める。